「大きな器と小さな器」

大きな器を考えてみますと、ちょうど「お茶わん」みたいなものです。
自分を常に「お茶わん」の真ん中の底のところに位置づけて、
「お茶わん」の上のヘリのところに居る「他人」の長所を見つけて
常に誉めたり、尊敬したり、上手に真似ると・・・
幸運がたくさん、たくさん、自然に「お茶わん」の中に、入ります。
お金もたくさん、入ります。大阪商人はこれをよく知っています。

しかし、「お茶わん」を逆さにして、自分を一番上の真ん中に
位置づけて、他人の欠点を指摘して、他人の馬鹿さを嘲笑すれば、
他人は皆逃げて、近寄らず、友人も出来ず、幸運も逃げます。
幸運は「お茶わん」の裏の小さなヘリに入るだけの少ないもの
になります。お金もおなじです。貧乏人になります。

頭のいい人はついつい他人が馬鹿にみえます。
話し方もいたずらに早く、英語や、わからない単語をふりかざして、
いい気になり、普通の人を「小ばか」にするものです。
常に断定して、ものを言いきります。遊びがないのです。
これは、気をつけねばなりません。ゆとりがいいのです。
大成しなくなるのです。引き潮がかかるからです。

私も東京大学や京都大学や慶応・早稲田大学出の人をたくさん
知っていますが、本物はいつもやさしい言葉で小学生に分かるよう
ゆっくりと、農家のおじいさんのような「のんびりと」話すものです。
そして、あらゆる人の長所だけを組み合わせて、人の上に立つのです。
言葉だけで他人を片っ端から切り捨てる人は10年もしないうちに
最前線から確実に消えています。私の体験からこれは断定できます。

世の中の多くの人は、大学にも行けず、苦しんで生活している人も
おおいものです。「上観て進み、下見て暮らせ」ともいいますね。
「こころのかなしみ」を持つ人も多いのが世の中です。思慮深く生きる。
やさしさとは、その人の哲学です。政治は愛に始まり愛に終わります。
人生も愛に始まり、愛に終わります。愛こそ命。命こそ愛。愛が人生。
やさしくないと、他人との「縁」もできません。意志が縁を決めます。
生かされている命を大切に。常に30年先を考えた言葉を大切に。
言葉選びを慎重にして、大きなこころを作り、皆で大成すべきです。

徳尾裕久(とくお ひろひさ)。