「敵対意識と言語構造」

敵対・差別・排除主義と「名詞」+「名詞」表現について考えてみたい。
「名詞」+「名詞」の文章表現にはウソが多い。

排他意識・差別・敵対・批判意識には、この表現が実に多く出てくる。
こころの底で、一人ひとりが明確に、言葉を管理して整理して話さないと、
誤解が生じる。

いじめや犯罪や殺人は、いつも同じ言語の構造をしている。
子供を母親が、父母を子供が、あるいは子供同士が殺しあう。
「仮想敵」を常に心の中で作文している。
大犯罪や殺人を平気でやる人間にかぎり感情的で
言語構造が単純でワンパターンである。
他人は気がつくが、本人は気がつかないのである。

「あなたは敵である。」
「あなたは邪魔である。」
「あなたは悪である。」

・・・すべて、表現は「名詞」+「名詞」である。
英語で言えば「主語+be動詞+補語」(S+V+C)第ニ文型。
である。それはウソで固められた虚構ではないのか。

マスコミが詳細で丁寧な調査もしないで作文する時に多い。
しかし、それらの表現は、本当に正しいのだろうか?
現地にいき、現場を調べ、本人と対話して確認したのだろうか?
むしろ、「本当の真実」を知るのが恐いから、言葉でウソをつき
自己の仕事の正当性を「自己弁護」しているのではないのか。
基本的人権を壊す「意識」とは、こういう短絡的な表現からでてくる。

すなわち、「大きなグループ概念」で、ひとくくりにしてA=Bというのである。
そして、短絡的な発想で「すぐ殺せ!」と結論づける、荒っぽい論理である。
犯罪者や殺人者に多い論理である。あまりに単純ではないのか。
偉そうにする評論家やテレビ討論会の三流の司会者に多い論理である。
これが日本人の意識を固定化する。思考停止してしまうのである。

「心の悲しみ」を背負う人も多いのが現実である。天がだまることはない。
「この世でやっていることは、全てこの世でけりがつく」ものである。
天の下には、もともと敵対や対立はない。全ては愛の環の中で調和している。
お金が絡んで、お金の方を優先する時に人の命を粗末にして犯罪者は
「敵対感情」を心の中で作文するのである。思考停止した言葉が出てくるのだ。
我々大衆は静かに耳をそばだて、静かに聴けばいい。必ず自壊し崩壊する。
イソップ物語のコウモリの最後のとうりになる。永遠の永い人生において。

徳尾裕久(とくお ひろひさ)。