「らせん思考」

映画やゲームを見ていると、敵と味方でケンカ・争い・いじめ・戦争をしています。
女をめぐる男と男の戦い。男をめぐる女と女の戦い。お金をめぐる人々の戦い。
国の領地をめぐる人々の戦い。利権や宝や秘密や新特許をめぐる戦い。
ロシアとアメリカの戦い。007に良く出てくる資本主義と共産主義の戦い。
宇宙人「エイリアン」と「人類」との戦い。・・・
太古から「遺伝子操作で生まれた恐竜」と「人類」との戦い。・・・

これらは、すべて「右か左か」という。つまらない「二者択一」の思考法です。
日本人は「日本的な発想」をするといいますが、それらは「らせん」思考です。
右回りで、小さな輪から、だんだんに大きくなり、らせん状に拡大する発想です。
「はたしていいやら悪いやら」でいいことが悪くなり悪いことがいいことになる。

この現象は実に世の中では多いのです。自然現象でもおおいのです。・・・
だから、日本人は「YESとNO」をはっきりと、言わないのです。・・・
島国でもあり、お上に対しても、身の安全から「あいまいさ」を演ずるのです。
それが、いきる智恵だからです。その間は変化の事象を観察しているのです。

「らせん的なねじれ」的な発想をもち、メルビウスの輪のごとく・・・
ひとつの鉛筆の線が、ねじれねじれて、またもとの始発点にもどる論理こそ
ある時は右で、ある時は左になり、観察する視点の視座を自由に動かして
説明したり、観察したり、推理したり、実験したりしている人が勝ちます。
常に真ん中の基本軸に視点を置き、完全な等距離で「らせん状の論理」を
瞬間的に把握し、判断し、動作して、観察者と被観察者や観察される事象が
自由に動き、見る位置により、ある時は「右」で、ある時は「左」で、ある時は
「真ん中」になり、「ファージー」を見越して、時間をかけて判断します。

アマチュアは「二者択一」思考が多く、争いが多いのです。
プロは「らせん」思考が多く、おだやかで温厚です。寛容です。
政治でも、軍人的発想をする人は、「二者択一」思考が多いのです。
人間の存在の有無に問題を矮小化して「殺すか生かすか」だけを問うのです。
民間では存在より「関係」です。どのような関係を創り利害関係を創るかです。
人類の繁栄を創るのが「政治」です。どのような国際・国内関係を創るかです。

存在の有無の問題は「二者択一」の思考からでます。
関係の新創造は世界的・国際的に、「らせん」思考から無限にでてきます。

徳尾裕久(とくお ひろひさ)。